もてない男―恋愛論を超えて(ちくま新書)

「恋愛」と私たちが呼び習わしている感情は、ある程度の文明ならどこにでもある、というのが私の考えだ。

ただ、近代における「恋愛」が特異だとすれば、それが、恋愛は誰にでも可能であり、さらにはそれのできないものは不健全だ、といったデマゴギーを流布させた点にある。

「恋愛は誰にでも可能である」、という前提条件があるからこそ、「恋愛ができない」ことについて悩みが生ずる。だがしかし、その前提条件がもはや自明でないとすれば、どうか?